祈り

 

 

ようやく雨が降ってきたので

わたしは玄関の戸を開けた

母の怒号が溢れる家を

少し気にかけながら出た

 

どれほど時は経っただろうか

濡れている石垣の上を這っている苔

湿っぽい匂いを放つ木々たちを横目に

足がもつれながらも進んでいく

崩れた石燈篭にはいつから火が灯っていないのか

枯れ果てた墓の花にまだ水を遣る人はいるのか

世間から少しずれた場所で

ただ手を合わせた

 

互いの震えを想像できぬまま

父は逝ってしまった

紫陽花から溢れた雫に当たり

蝸牛の目は潰れてしまった

力尽きたものたちを

水たまりの上で抱きしめ

濡れた体で手を合わせると

少しだけ許される気がした

 

驚くほど冷たくない雨

唯一優しく包んでくれる生暖かいそれを

全身に浴びながら愛撫し

もう二度と会うことがないような人たちの

その最後を祈った

蝸牛のようになればいい人のことも

同じようにして祈った

 

許されたいわけではなかった

祈りたいわけでもない

 

まだ雨は降り続いている

 

蝸牛のもう片方の目も人指し指で潰した

苔を端から少しずつ剥がし、やめた

泥濘んだ道を裸足で歩くことはしなかったが

取られた靴は置いていくことにした